桜の正門、新緑の中庭、夏空の下の門、いちょう並木、雪の日の校舎――。附属中学校の校地は、季節ごとにさまざまな表情を見せてくれます。また、この校地は旧制松山高等学校があった場所で、そのころからの門や碑が今も残っています。創立80周年を迎えた今、春夏秋冬の景色と、校地に残る歴史、そして写真でたどる附中のあゆみを紹介します。
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桜と新緑の季節
附属中学校がこの持田の地に移ってきたのは、1963年(昭和38年)3月のことです。それまでは城北地区に校舎がありました。
移転先は、愛媛大学文理学部の構内。ここは、かつて旧制松山高等学校があった場所です。
学校の歴史 ›夏空の下の旧制松高の面影
旧制松山高等学校は、1919年(大正8年)に設置され、1950年(昭和25年)に閉校しました。
校地には、当時の正門「旧松高門」が残っています。2022年2月の章光堂築100周年記念行事では、旧松高門のテープカットが行われました。
門のそばには「松山高等學校跡」の碑があり、「青春、友情、希望―ここに存在せし一切のものの不滅を信ず」と刻まれています。校歌の碑には、「瀬戸の島山春たけて」で始まる旧制松山高等学校の校歌が刻まれています。
旧制松山高等学校の校訓は「厳格なる自由」。校章の「三光」は真・善・美を表し、校歌にも「象る姿真善美」と歌われています。この精神は、附属中学校の校風「責任ある自由」のルーツとして、学校で語り継がれています。
学校の歴史 ›いちょうとモミジバフウ
中庭に立つ「行く河」の像は、1981年(昭和56年)11月、愛媛大学教育学部附属校園の「行く河」建像実行委員会によって建てられました。
台座の銘板には、旧制松山高等学校の創立以来続いてきたこの地の学問の伝統と、「百川を集めて大河となる」ように、この像がここに学ぶ若人の励ましとなってほしいという願いが刻まれています。
創立70周年記念誌の「教員の声」には、入学したばかりの生徒に附属中学校とはどのようなところかと聞くと、章光堂や行く河像、イチョウ・モミジバフウの木などを挙げた、と書かれています。
百川を集めて大河となり未来永劫流れて尽きず「本あるものはかくの如し」と学問の本質を述べた孔子の永遠不滅の真理のごとくこの像が本学園のシンボルとして永くここに学ぶ若人の励ましとなることをねがうものである
雪の日の校舎
1922年(大正11年)2月、旧制松山高等学校の講堂として建てられた木造の建物です。
愛媛大学の保存建物で、1998年には国の登録有形文化財に登録されました。2022年に築100周年を迎えました。
章光堂について ›写真でたどる附中のあゆみ
校訓「厳格なる自由」
校章の「三光」=真・善・美
真理と正義の追求
勤労と責任の尊重
健康な心身の錬磨
校訓と「附中学友の歌」(1952年制定)が、附中の校風のルーツです。
愛媛教育の「先導的な役割」
歌で始まり歌で終わる
連帯意識の高揚
自治活動の謳歌
文武両道の発現
「責任ある自由」の校風のもと、誇り高き附中生として。
写真提供:北村 徹 氏 ほか















































